愛と憎しみの果てに(15)

2015年12月23日

 東京に来てから五カ月が過ぎようとしていた。同じ高校から上京した友人たちもみな夏休みで帰省し始めていた。私も宮崎にいる奈保子に会いたかった。長兄に相談すると反対されたが私は言うことを聞かず帰省した。五か月ぶりの故郷は行く前と何も変わっていなかったが私は何かよそよそしさを感じた。家に帰って母の顔を見ても昔のようには落ち着かなかった。私は早速奈保子に電話し翌日の放課後学校で会う約束をした。彼女に会えばこの心のもやもやが晴れると思っていた。しかし私を見つけ駆け寄ってくる彼女を見ても私の心は動かなかった。そして東京と宮崎で離れて暮らしている上にこんな気持ちのまま付き合うのは彼女に申し訳ないと思った。私たちは河川敷の堤防の上の道を河口に向かって歩いた。そして私は唐突に彼女に別れようと切り出した。彼女は立ち止り茫然と私の顔を見つめ好きな人が出来たの?と尋ねた。そうじゃないと答えたが私は彼女の眼をまともに見ることができなかった。彼女は何も言わなかった。私もそれ以上は何も話すことが無かった。私たちは道の途中で別れた。私は駅へ向かい彼女は学校へと歩いて行った。私は彼女のためにはこれで良かったんだとそう自分に言い聞かせた。彼女の気持ちなど何も考えていなかった。宮崎に帰ってはみたものの浪人の身ではやはり肩身が狭かった。進学や就職した友人たちと遊んでいても引け目を感じずにはいられなかった。私は予備校の準備があるからと口実をつけ予定を早めて上京した。
  母と三兄が用意してくれたお金を払い私は予備校に入校した。それに合わせバイトもマンション近くのレストランに替わることにした。予備校に通い始めても私は相変わらずだった。授業はまじめに受けたが家では教科書を開いても集中出来ず勉強もせず本ばかり読んでいた。予備校へ通い始めて二カ月程経った頃私は一人の女子学生と知り合った。授業の休憩時間隣に座った彼女がノートを見せてほしいと声をかけて来た。私にとっては東京で初めて出会った同年代の女性だった。それから私たちは一緒に授業を受けたり、喫茶店へ行くようになった。彼女は東京生まれの東京育ちで両親が仕事で海外に行っているため叔父さんと一緒に東中野に住んでいるということだった。彼女は服装も喋り方も都会的だったが顔立ちがどこか私の母に似ていた。そんな彼女に私は親近感を覚えた。年の瀬も迫った十二月の或る日受験を控え田舎に帰れない私のために母から米や餅,柿が入った荷物が届いた。もう夜も遅かったが私は彼女に柿をあげようと思い電話して会う約束をした。
  私は紙袋に柿を数個入れ待ち合わせ場所の代々木駅へ急いだ。予備校以外で彼女と会うのは初めてで私は少し胸がときめくのを感じた。代々木駅で落ち合った私たちはどこに行くというあてもなくそのまま山手線の外回りの電車に乗りこんだ。私たちは秋葉原で中央線に乗り換えお茶ノ水駅で電車を降りた。そこから千代田線の新御茶ノ水駅でまた電車に乗り表参道の明治神宮前駅に向かった。改札を出て地上に出ると道の両脇の街路樹には年末恒例のイルミネーションが飾り付けられいやがうえにもクリスマス気分を盛り上げていた。私はお袋から送ってきたと言って持ってきた柿の入った袋を彼女に渡した。彼女は柿のプレゼントに不思議そうな顔をしていたが快く受け取ってくれた。私たちは恋人同士のように手を繋ぎ表参道を青山方面に歩いた。私はもちろん楽しかったが彼女も満更でもないようだった。私たちはそのまま渋谷駅まで歩きまた山手線の外回りの電車に乗った。原宿駅を過ぎると代々木駅は直ぐだった。
私たちはホームのベンチに腰掛け中野方面行きの電車が来るのを待っていた。私はもう少し彼女と一緒にいたかった。そして思い切って彼女に家に行ってもいいかと尋ねた。彼女はいいよとあっさり答えた。私はてっきり断られると思っていたので彼女の返事に驚いた。そして何故か急に不安になり自分から行ってもいいかと聞いておきながらやっぱり止めておくと口にしていた。彼女はわけが分からずきょとんとしていた。電話で会う約束をしたとき私はただ会って柿を渡せればいいと思っていた。彼女の家まで行くことまでは考えていなかった。高校時代二人の女性と付き合ったが私は手さえも握れないほど奥手だった。やがて電車が到着し彼女は帰って行った一人になって私は彼女の家に行かなかったことを後悔していた。


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Posted by mplan at 08:40 | Comments(0) | 小説
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