愛と憎しみの果てに(19)

2015年12月27日

  引っ越した当初は気心の知れた親友と後輩との生活に新鮮さを感じたものの時間が経つにつれそれまで長兄と一緒に住んでいると言っても誰にも気兼ねしない生活をしてきた私は二人との生活に疲れを感じ始めていた。親友とは小学校は違ったが保育所が一緒だった事や中学で同じ野球部に入ったこともあり仲が良くなっていた。高校に入ってからも同じ弓道部に入り彼の家にもよく泊まりに行き夜遅くまで音楽や将来の夢、好きな女性のことを語り合った。二年の時私は同じ弓道部の女子と付き会ったが上手くいかず別れたことがあった。その時主将でありながら弓道部を辞めて陸上部に入ったことで一時口も利かない時期があったが私にとっては無二の親友だった。ただ彼にも私は自分が抱えている不安や孤独感について話すことは無かった。彼は高校時代と同じように接したが私は昔の様に彼と接することが出来なくなっていた。一緒に暮らすようになってますますそう感じるようになっていた。
  アパートに引っ越して二ケ月ほど経った一一月私は奈保子に会いに奈良へ出かけた。少しでも長く一緒にいられるようにと朝早くアパートを出て新横浜から始発の新幹線に乗った。近鉄奈良駅に着いたのは昼前だった。奈保子は私のためにサンドイッチを作って来てくれた。私たちは奈良公園の登大路園地の林の中で奈保子が作ってきたサンドイッチを食べその後東大寺や正倉院を見て回り若草山、春日大社と周り公園を散策した。奈保子は楽しそうにしていたが私は心から楽しむことができなかった。好きな人と一緒にいるのだからもっと楽しいはずなのに何故か心が沈んでいた。私は疲れているからだろうと思った。奈保子と付き合うようになり住むところも変え環境は変ったがまだそれ以前の自分を引きずっていた。さらに親友や後輩との同居で気を使い眠れない日もあり精神的に疲れていた。興福寺近くまで来る頃にはもう日が落ち始めていた。私は宿をまだ決めていなかった。近くの旅館やホテルを探したが週末ということもあってどこも満室だった。それからまた何軒か回ってようやく猿沢池のほとりの旅館が見るに見かねて布団置きに使っている部屋でもいいならと言ってくれた。私は奈保子も一緒に泊るものと思っていたが奈保子は外泊許可ももらってないし着替えも持ってきてないから寮に帰ると言った。そんな奈保子を何とか説得し、彼女はしぶしぶ近くのコンビニで替えの下着を買ってきた。私たちが通されたのは四畳半程の小さな部屋でそこには布団が二組敷かれていた。夜も更け私たちは床に就いた。私は奈保子の布団に入りキスをし胸に触れ体を求めたが奈保子は笑いながら体をよじってそれを拒んだ。私はそんな奈保子を見てそれ以上強引には出来ず自分の布団にもぐりこんだがなかなか寝付けなかった。翌朝旅館を出た私たちは奈良駅近くの喫茶店で朝食をとり電車で京都の嵐山に向かった。私は窓の外を流れる風景を眺めながら昨夜のことを考えていた。正直言って私は奈保子に拒まれたことで不機嫌になっていた。電車の中では奈保子は何も言わなかったが京都駅から乗った嵐山行きのバスの中で私が寝不足だと言うと奈保子は冗談を言って私をからかった。私はただ苦笑いするしかなかった。嵐山に着くと日曜日ということもあり観光客であふれていた私たちは渡月橋や天竜寺付近を巡り歩き橋の袂のお茶屋でお菓子を食べた。私は初めてだったが奈保子は何度か来たことがあるようで楽しそうにあちこち案内してくれたが私は心に霞がかかったように気分が重かった。茶店を出た後私たちは右京区の府立植物園に立ち寄り、その近くの食堂で昼食をとった。まだ東京に戻るには時間が早かったが奈保子が宇治で茶道教室があるからと言うので私たちは京都駅に戻った。私は新幹線の切符と宇治までの切符を買い奈保子に渡し奈良線のホームで奈保子を見送った。奈保子を乗せた電車は右に大きくカーブを切り鴨川に架かる鉄橋を渡り見えなくなった。一人になると急に寂しさがこみあげてきた。それとともに何故奈保子と一緒にいても心から楽しめないのだろうという思いが湧きあがり胸を締め付けた。


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Posted by mplan at 10:42 | Comments(0) | 小説
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