愛と憎しみの果てに(4)

2015年11月17日

 ナースステーションには6、7人の医師や看護師が詰めていた。
「この人たちはまきが助かるのか助からないのか知っている」
私はまきの病状を聞いてみたい衝動に駆られたが、家族でも身内でもない他人の私に教えてくれる筈もなかった。病室を出てからも衰弱したまきの姿が目に焼きつき頭から離れなかった。
「幾つになっても可愛く綺麗でいたい」
と言っていたまきの心中を思うと可哀相でならなかった。
私は病院を後にしてホテルに向かった。チェックインを済ませ部屋に荷物を置き道路を挟んで向かいにあるパチンコ店に入った。いつもならもう晩酌をしながら食事をしている時間だったがとてもそんな気にはなれなかった。何も考えたくなかった。私は適当に台を選び何も考えずただ無心に玉を弾いた。勝ち負けはどうでも良かった。少しの時間でもまきの事を忘れていたかった。私は閉店まで打ち続けた。パチンコ店を出てコンビニに立ち寄り、ふだんは飲まない紙パック入りの日本酒と弁当を買ってホテルの部屋に戻った。酔って何も考えずただ眠りたかった。弁当を食べ酒も飲み干し、ベッドに入ったがまきのことが頭から離れずなかなか寝付けなかった。
「満開の桜を見せてあげたい」
病院から一歩も出られないまきのためにせめて写真でも綺麗な桜を見せてやりたかった。
「病院に行く前に桜の写真を撮りに行こう」
私はそう決めようやく眠りに就いた。

 翌朝ホテルを出て焼野海岸のきららビーチに車を走らせた。そこはまきと一緒に行った想い出の場所だった。その途中に竜王山という小さな山がある。私は以前まきから桜の名所だと聞いたことを思い出した。何度も小野田には来ていたが一度も行ったことはなかった。道に迷いながら漸く竜王山にたどり着き、まきが喜んでくれそうな満開の桜を探して車を走らせた。途中何台かの車とすれ違ったがまだ朝の早い時間ということもあって人影はまばらだった。山の登り口あたりは桜の木も数えるほどしかなかったが山を登るにつれ数が増え満開の桜が空を覆い尽くしていた。
「まきにもこの満開の桜を見せたかった」
私は心からそう思った。空一杯に咲き誇る桜の花の華やかさとは裏腹に私の心は深く沈んでいた。もっと綺麗な桜をと思っているうちに車は山頂にたどり着いていた。そこは広い駐車場で小野田の市街が見渡せた。私は車を降り、病院のある方向に携帯のカメラを向け写真を撮った。病院が何処にあるのかは分からなかったが、その病院のベッドに横たわっているまきの姿が頭に浮かんだ。
私は登ってきた道をまた引き返した。しばらく下ると白一色の桜の花の中に色鮮やかに咲き乱れる黄色い菜の花が目に飛び込んできた。華やかだがどこか寂しさを感じさせる桜の白い花の中で菜の花の黄色い色は私の心を少しだけ明るくしてくれた。よく見るとその花の下には一匹の黒い猫が寝そべっていた。私は車をその猫のすぐそばに停めたが黒猫は体を起こしただけで全く逃げようとしなかった。私は桜と菜の花だけの写真とその下で毛づくろいをしている黒猫の写真を撮った。他にも何枚か写真を撮り竜王山を後にしてきららビーチに向かった。
きららビーチは7年前まきが結婚していると知って初めて会いに来たとき一緒に行った場所だった。私はそのとき歩いた砂浜の写真を数枚、携帯のカメラに収めた。きららビーチはもともと何の変哲もない海岸だったが人工の砂浜が造られその周りにレストランや温泉施設等が整備されていた。その一つにきららガラス未来館があった。
「工房でガラス細工を造る体験ができるの私もやってみたい」
と楽しそうに話していた。いつか一緒に行こうと約束していたが。結局一度も行くことはなかった。私はガラス細工を買っていこうと思った。未来館はビーチの北のはずれにあり、同じ敷地内にガラス工房があった。私は扉をあけ工房内の店に入った。壁際の棚には色とりどりのガラス細工の作品が並べられていた。どの作品も綺麗でどれにするか迷ったが、私の目を引いたのは楕円形のガラスの中に銀河のようにワインレッドと白の渦が巻きその周りに星のように気泡が浮かんでいるペーパウェイトだった。
「これならまきも喜んでくれるだろう」
ワインレッドの落ち着いた色と照明の光で輝く大小の気泡がとても気に入った。それだけではなにか寂しいのでそれとおそろいの丸い形をした一輪挿しを買って店を出た。時計を見るともう十一時近くだった。私は途中コンビニに立寄り竜王山ときららビーチで撮った写真を印刷し、まきのためにサンドイッチとお茶を買って急いで病院に向かった。

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Posted by mplan at 09:18 | Comments(0) | 小説
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